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東京地方裁判所 平成3年(ワ)18578号 判決

原告

村田昇

被告

風間英一

右訴訟代理人弁護士

吉村清人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、一九一万四〇〇〇円及びこれに対する平成四年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

一マンションの区分所有者として管理組合の組合員である原告が、管理組合の元の理事長である被告に対し、被告が理事長として組合資金を違法に支出し組合に損害を与えたと主張して、組合に引き渡す目的で不法行為に基づき損害賠償金の支払を請求した事案である。不法行為の成立も争われているが、それ以前に権利能力のない団体である管理組合に生じた損害の賠償を組合員個人が請求できるか否かが争点となっている。

二争いのない事実

1  南千住スカイハイツ管理組合(以下「組合」という。)は、南千住スカイハイツという名称のマンションの区分建物所有者によって構成される区分所有建物管理組合(非法人、権利能力のない団体)である。

2  原告及び被告は、南千住スカイハイツの区分建物所有者で、右組合員であり、被告は、平成二年度の組合理事長であった者である。

3  組合は、平成二年四月二二日の総会決議に基づき南千住スカイハイツの外壁等の改修工事(以下「本件工事」という。)を行うこととなり、その頃建装工業株式会社(以下「工事会社」という。)との間で、工事完成期日を同年一二月二五日、代金一億六七五〇万円、完成時一括払いの約定で工事請負契約を締結した。

4  本件工事は、契約後に工事が追加されたこともあって、期日から約三か月遅れた平成三年三月末頃完成した。なお、追加工事代金は六五〇万円である。

5  組合の理事長であった被告は、工事会社に対し、組合資金の中から工事代金として、平成二年一二月二八日一億二一八〇万円を、平成三年一月二八日五一二〇万円を、それぞれ支払った。なお、残金一〇〇万円については、工事に対するクレーム解決まで支払が留保されることになり、被告の在任中には支払われなかった。

三争点に関する当事者の主張の要旨

〔原告〕

1 被告の不法行為と組合の損害について

(1) 本件請負契約においては、代金の支払は、工事完成時一括払いとする約定であったのに、被告は、右契約条件に反し不当に、工事完成の三か月余前に一億二一八〇万円を、二か月余前に五二八〇万円を、工事会社に支払った。

(2) 右支払は、組合が組合員から集金し積み立てた修繕積立金から支払われたものであるが、右積立金は、当時利率五パーセント強の中口MMC三か月物、中期国債ファンド等により運用されていたから、税引き後の利率は4.5パーセント強である。

(3) 被告が右支払を契約通り工事完成時までしなかったとすれば、組合は、右支払から工事完成までの間少なくとも一九一万四〇〇〇円の運用利益を得ることができた筈であり、組合は、被告の不当な支払により同額の損害を被った。

(4) よって、原告は、受領後直ちに組合に引き渡す目的で、被告に対し、一九一万四〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

2 原告の請求について

権利能力のない団体については、その名において行われた法律行為によって生じる権利義務は、構成員全員に総有的ないし合有的に帰属することから、権利能力のない団体の財産の管理については、民法二五二条但書を類推適用して、各構成員は単独で保存行為をすることができると解すべきである。また、建物の区分所有者に関する法律第一八条但書は、共用部分の保存行為は各共有者がすることができると定めている。そして、総有ないし合有については、通常の共有の場合よりも保存行為の範囲を広く認める必要があること、特に本件については、本件工事自体が共用部分の保存行為であり、共用部分の保存を目的として積み立てられた修繕維持積立金の支払に関する損害の賠償を求めるものであることなどを考慮すると、組合に生じた損害を填補する目的でする限り、本件のような損害賠償請求は、各組合員が保存行為として単独で請求することができるものというべきである。

〔被告〕

1 被告が当初の約定と異なり、工事完成以前に代金の一部を支払ったのは、理事会において工事遅延の事情を考慮して出来高による支払をすることが決定されたからであって、被告は、理事長として正当な職務の執行をしたにすぎない。なお、本件工事代金の支払を含む決算、本件工事の経過報告は、いずれも組合総会で承認されている。

2 債権の取立は、保存行為ではなく処分であるから、権利能力のない団体の構成員に総有的に帰属する団体の名で取得された損害賠償請求権であっても、その代表者のみが、団体の名において、訴求することができるものである。したがって、組合の損害を填補する目的であるとしても、一組合員に過ぎない原告が組合に生じた損害の賠償を求める本件請求は理由がない。

第三判断

1 建物の各区分所有者は、区分所有建物の共用部分の保存行為をすることができるとされているが、右にいう共用部分の保存行為とは、建物の共用部分そのものの現状を維持することをいうと解すべきであるから、区分所有建物の共用部分の改修工事の費用の支払に関し、区分所有建物の管理組合の元理事長がした不法行為に基づいて、建物の共用部分の補修のために積み立てられた組合資産に生じた損害であっても、その賠償を訴求することは、右にいう共用部分の保存行為に当たらないことが明らかである。また、権利能力のない団体の資産について損害を生じた場合、その損害に関する賠償請求権は右団体の全構成員に総有的に帰属するにすぎないから、支払を受ければ直ちに団体に引き渡し組合の損害を填補する目的であったとしても、右団体の各構成員が単独で右損害の賠償を請求することはできないというべきである。

2  したがって、原告の本訴請求は、不法行為の成否、損害の発生等について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。

(裁判官小田原満知子)

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